”平成シリーズが面白かった”
と、言うリクエストを頂いたのでお応えします(笑)
メーカー時代の話は、腐るほどありますが、
現職でも腐るほどあります(笑)
まずは、弊社に入社した頃の話
ご存知の様に会社はトミタなのに私は「サヤマ」、
外様大名な訳です。
今でこそ、私の両親も喜んでいますが、
最初は、
「やれ養子に出した訳じゃない」
とか、
「そんな為に大学だした訳じゃない」
など、どんだけ、失礼なのさ?あんた達!こんな感じでした
当の本人は、当時
この令和の時代までここの会社に居る気も全く無く(笑)
まして、ここで、社長になるなんて考えてもいませんでした(笑)
当時は、まぁー毎日内紛ですよ
旧態依然の商売方法と最先端(当時)のIT企業出身
ほぼ、意見は合いません
なにしろ、
表計算ソフト(当時はロータス1,2,3)の計算結果が信用できず、
「そろばん」で計算し直される程でした
↑電卓よりもそろばんの方が早い と。
更に当時は、、
「廻りの会社は無線を入れている」
「だからうちも無線を入れようと思う」
と、ドーンと言われました
「携帯電話」持ってましたんでそこからもうズレまくりです
すべてが、もう大変(笑)
灯油配送が当時も今もメインですが、
当時は、電話注文主体
「めんどくさいったらありゃしない」
「さっき行ったのに、またそっち?」
そこで、データベースを構築して配送計画システムを作り出しました
およそ電話来るだろうな?というお客先をピックアップするシステム
お客先には、「勘」だと言って勝手に行くシステム
お客さんは喜びます
あー私の事覚えてるんだ!と。
タンクローリーにフロッピーディスクでPC積んで行く超最先端システム(当時)
↑ドクター中松氏考案のフロッピーディスク
そうしたら、、
衝撃的な一言を先代のかーさんから言われました。
最近、電話がかかって来ない
なかなか説明するのが難しかったですが、
お客先には大好評でして(笑)
移動ロスが無くなった分、お客先と、
超クダラナイ話をする
これに徹しすぎたおかげで、1時間近くローリーが玄関先に停まっている
なんちゅうことは、日常茶飯事でした
あれやこれやとやっているうちに
にーちゃん
にーさん
社長
と呼び名が変わって行きました(^^)
面白い事に、私が先代の義理の息子である事を
知らない人が、今でも沢山います。
あっそうなの!!!
と、25年ぶりに知ったお客先等がいる程です(笑)
なかなか、説明するのが
難しい事に常にチャレンジする様、精進します(^^)