【IT化で揉めた25年前】

平成シリーズが面白かった
と、言うリクエストを頂いたのでお応えします(笑)

 

 

メーカー時代の話は、腐るほどありますが、
現職でも腐るほどあります(笑)
まずは、弊社に入社した頃の話

 

ご存知の様に会社はトミタなのに私は「サヤマ」、
外様大名な訳です。

今でこそ、私の両親も喜んでいますが、

最初は、
やれ養子に出した訳じゃない
とか、
そんな為に大学だした訳じゃない

など、どんだけ、失礼なのさ?あんた達!こんな感じでした

 

 

当の本人は、当時
この令和の時代までここの会社に居る気も全く無く(笑)
まして、ここで、社長になるなんて考えてもいませんでした(笑)

 

 

当時は、まぁー毎日内紛ですよ
旧態依然の商売方法と最先端(当時)のIT企業出身
ほぼ、意見は合いません

 

 

なにしろ、
表計算ソフト(当時はロータス1,2,3)の計算結果が信用できず、
そろばん」で計算し直される程でした

↑電卓よりもそろばんの方が早い と。

 

更に当時は、、
「廻りの会社は無線を入れている」
「だからうちも無線を入れようと思う」
と、ドーンと言われました
携帯電話」持ってましたんでそこからもうズレまくりです

 

すべてが、もう大変(笑)

 

 

 

灯油配送が当時も今もメインですが、
当時は、電話注文主体

「めんどくさいったらありゃしない」
「さっき行ったのに、またそっち?」

 

そこで、データベースを構築して配送計画システムを作り出しました
およそ電話来るだろうな?というお客先をピックアップするシステム
お客先には、「勘」だと言って勝手に行くシステム

 

お客さんは喜びます
あー私の事覚えてるんだ!と。

タンクローリーにフロッピーディスクでPC積んで行く超最先端システム(当時)

↑ドクター中松氏考案のフロッピーディスク

 

そうしたら、、
衝撃的な一言を先代のかーさんから言われました。

 

最近、電話がかかって来ない

 

 

なかなか説明するのが難しかったですが、
お客先には大好評でして(笑)
移動ロスが無くなった分、お客先と、
超クダラナイ話をする
これに徹しすぎたおかげで、1時間近くローリーが玄関先に停まっている
なんちゅうことは、日常茶飯事でした

 

あれやこれやとやっているうちに
にーちゃん
にーさん
社長
と呼び名が変わって行きました(^^)

面白い事に、私が先代の義理の息子である事を
知らない人が、今でも沢山います。

あっそうなの!!!

と、25年ぶりに知ったお客先等がいる程です(笑)

 

 

 

なかなか、説明するのが
 難しい事に常にチャレンジする様、精進します(^^)


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